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2011/11/16

融合のうえに生れた芸術 フラメンコ



日本でも多くの愛好者を持つフラメンコ。今や本国スペインに続いて、日本は世界第2位のフラメンコ人口を持つと言われています。昨年ユネスコの「世界無形文化遺産」に指定され、今後もますます世界での認知度は高めていくことでしょう。


フラメンコはその踊りが一番注目されますが、最初に誕生したのは歌。その後、ギターの伴奏、踊りが加わり、三位一体の芸能が成立したと言われています。
それでは、どのようにしてフラメンコは生れたのか。その起源については、まだまだ不明な点も多く、今なお研究が続けられています。


18世紀末スペインの南、アンダルシア地方に誕生したフラメンコ。そのルーツを語るのに欠かせない存在がジプシー (ロム族)です。
15世紀頃、遥か彼方のインドの地から、暖かく、自分たちのライフスタイルに合う土地を探し求め、スペインに辿り着いた放浪の民。昔はアフリカからアンダルシアに入ってきたと考えられていましたが、その後新たな歴史的発見もあり、今ではピレネー山脈を越え、カタルーニャの土地に入ってきたという北方進入説の方が有力だと言われています。ある者はその土地に留まり、またある者は更に南へ、セビジャー、カディスのあるアンダルシア西部に行き着き、定住するようになったようです。「フラメンコはジプシーが生んだ文化だ」と主張する人もいますが、もしそうであれば、世界各地で流浪の民族史を重ねてきた経緯から、ハンガリーやルーマニア、ドイツやその他西欧諸国にもフラメンコに似た芸能があってもよいはずです。しかし、実際にはそうではない。


ある土地に新しい民族が流れ込んできた時に、新しい文化のみが、又は土着の文化のみが単独で発展していくことはありえません。他の国のどの文化も同じ道を辿ってきたように、ジプシーが持ち込んだ文化と、もとから存在した土着の文化とが影響し合い、融合し合い、結果その地にしかありえない独特の文化の発展を遂げた、それがフラメンコなのです。当時スペインには既に3つの大きな文化がせめぎ合いをしていました。ひとつはカトリック教の文化、南から入ってきたイスラム教の文化、そして迫害のもとスペインに辿り着いたユダヤ教徒の文化。これらの文化に更にジプシーが新たな文化を持ち込み、迫害・追放といった厳しい生活環境のなか生れたのがフラメンコの歌です。魂を振り絞るかのような哀愁漂うあの歌は、苦しく辛い思いを歌で表現しているのです。フラメンコの旋律に、また踊りにどこかアラブの要素を感じられるのも、納得がいくのではないでしょうか。


近年のフラメンコは、ポップ、ジャズ、クラシック、R&Bなど様々なジャンルのリズムと融合させたコンテンポラリーが注目されています。昨年からはスペイン、グラナダで自転車を使ったアクロバット競技BMXをフラメンコのリズムで競うという大変ユニークな世界大会「FLAMENCO FLATLAND」も開催されています。初となった昨年優勝を飾ったのはなんと、我らが日本人 プロBMXライダーの池田さん。
様々な文化の融合のもとに誕生したフラメンコはこれからも、どんどん進化し続けるのでしょう。

(参考文献: フラメンコ小史 http://www.spainnews.com/)


12/18  (日)  Belly Dance Flamenco Fusion Show
ベリーダンスとフラメンコ ダンスと音楽のフュージョンショー。(詳細)

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