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2011/12/01

幸せを呼ぶ葡萄12粒



日本に大きな爪痕を残した2011年ももうすぐ幕を閉じようとしています。新しい年も引き続き皆で力を合わせて、日本の復興を目指し良い1年にしたいものです。

世界各地、国が違えば年越しの過ごし方も様々。日本では大晦日に年越し蕎麦を食べる風習がありますよね。蕎麦は長く伸ばして細く切って作る食べ物なので、“細く長く”ということから「健康長寿」「家運長命」などの縁起をかついで食べるようになったと言われています。イタリアではコインの形に似たレンズ豆を食べると「翌年金運に恵まれる」とされ、大晦日に欠かせない料理。


そして、お隣スペインにもとても興味深い風習があるんですよ。スペインで大晦日に欠かせない食べ物・・・ それはブドウ。


マドリッドの中心、プエルタ・デル・ソル 広場の時計塔の12時を知らせる鐘の音にあわせて、12粒のブドウを 食べ、新年のスタートを祝いカヴァで乾杯!この模様は全国、ほぼ全チャンネルが同時にテレビ放送されます。家庭では、テレビ放送にあわせて、ブドウを食べるんです。
「なぜブドウ?」「なぜ12粒?」 12粒のブドウを食べる習わしの由来には、諸説がありますが、最も一般的に知られているのは、ブドウが過剰豊作だった1909年に、生産者達が余ったブドウを「幸運を呼ぶブドウ」として人々に振舞ったのが始まりという説。



1年=12カ月、1粒をひと月に喩え、鐘の音にあわせて12粒のブドウを食べると翌年幸せになれる、というブドウ生産者による作り話が、翌年から徐々に全国に知られるようになったという話です。その年のブドウを売りさばきたい生産者達もこの風習を広めようととても力が入っていたようです。風習として定着した今では、皮なし、種なしの一人分12粒のブドウが缶詰された便利な大晦日用ブドウも販売されています。

 
時計塔の鐘が鳴りだしてもすぐに食べてはいけません。4つ目の鐘が鳴るまではスタンバイ。5つ目の鐘の音からスタートです。鐘と鐘の間は約3秒ほど。簡単そうですが、慣れていないと12粒全部食べる(飲み込む?)のは案外難しいものです。
年末年始、スペインで過ごす予定のある方は、是非この幸せを呼ぶブドウに挑戦してみてください。




2011/11/16

融合のうえに生れた芸術 フラメンコ



日本でも多くの愛好者を持つフラメンコ。今や本国スペインに続いて、日本は世界第2位のフラメンコ人口を持つと言われています。昨年ユネスコの「世界無形文化遺産」に指定され、今後もますます世界での認知度は高めていくことでしょう。


フラメンコはその踊りが一番注目されますが、最初に誕生したのは歌。その後、ギターの伴奏、踊りが加わり、三位一体の芸能が成立したと言われています。
それでは、どのようにしてフラメンコは生れたのか。その起源については、まだまだ不明な点も多く、今なお研究が続けられています。


18世紀末スペインの南、アンダルシア地方に誕生したフラメンコ。そのルーツを語るのに欠かせない存在がジプシー (ロム族)です。
15世紀頃、遥か彼方のインドの地から、暖かく、自分たちのライフスタイルに合う土地を探し求め、スペインに辿り着いた放浪の民。昔はアフリカからアンダルシアに入ってきたと考えられていましたが、その後新たな歴史的発見もあり、今ではピレネー山脈を越え、カタルーニャの土地に入ってきたという北方進入説の方が有力だと言われています。ある者はその土地に留まり、またある者は更に南へ、セビジャー、カディスのあるアンダルシア西部に行き着き、定住するようになったようです。「フラメンコはジプシーが生んだ文化だ」と主張する人もいますが、もしそうであれば、世界各地で流浪の民族史を重ねてきた経緯から、ハンガリーやルーマニア、ドイツやその他西欧諸国にもフラメンコに似た芸能があってもよいはずです。しかし、実際にはそうではない。


ある土地に新しい民族が流れ込んできた時に、新しい文化のみが、又は土着の文化のみが単独で発展していくことはありえません。他の国のどの文化も同じ道を辿ってきたように、ジプシーが持ち込んだ文化と、もとから存在した土着の文化とが影響し合い、融合し合い、結果その地にしかありえない独特の文化の発展を遂げた、それがフラメンコなのです。当時スペインには既に3つの大きな文化がせめぎ合いをしていました。ひとつはカトリック教の文化、南から入ってきたイスラム教の文化、そして迫害のもとスペインに辿り着いたユダヤ教徒の文化。これらの文化に更にジプシーが新たな文化を持ち込み、迫害・追放といった厳しい生活環境のなか生れたのがフラメンコの歌です。魂を振り絞るかのような哀愁漂うあの歌は、苦しく辛い思いを歌で表現しているのです。フラメンコの旋律に、また踊りにどこかアラブの要素を感じられるのも、納得がいくのではないでしょうか。


近年のフラメンコは、ポップ、ジャズ、クラシック、R&Bなど様々なジャンルのリズムと融合させたコンテンポラリーが注目されています。昨年からはスペイン、グラナダで自転車を使ったアクロバット競技BMXをフラメンコのリズムで競うという大変ユニークな世界大会「FLAMENCO FLATLAND」も開催されています。初となった昨年優勝を飾ったのはなんと、我らが日本人 プロBMXライダーの池田さん。
様々な文化の融合のもとに誕生したフラメンコはこれからも、どんどん進化し続けるのでしょう。

(参考文献: フラメンコ小史 http://www.spainnews.com/)


12/18  (日)  Belly Dance Flamenco Fusion Show
ベリーダンスとフラメンコ ダンスと音楽のフュージョンショー。(詳細)

2011/10/24

"Clavelito, clavelito de mi corazón..." 13世紀からの響き「トゥナ」


「♪クラベリート、クラベリート・デ・ミコラソ~ン♪」 

"Clavelitos (カーネーション)"というこの曲は、スペインのトゥナがよく演奏する曲。愛しい女性へ捧げるスペインの有名なセレナーデです。

スペインの大学都市を訪れたことのある方は、広場や街角、バルなどで黒い伝統衣装に身を包み、長いケープまとい楽器を手にしている男性グループがスペイン民謡を演奏しながら歌ったり、踊ったりしているのを見かけたことがあるかもしれません。そう、それが「トゥナ(Tuna) 」。大学生による弾き語りの楽団のことです。トゥナの歴史は古く、13世紀にはスペイン最古の大学であるサラマンカ大学とサンティアゴ・デ・コンポステラ大学で既に存在していたと言われています。

当時、経済的にあまり恵まれていない学生たちが、学費や生活費の足しにするために、学部の仲間たちと夜な夜な大学の制服姿で街に出掛け、演奏をしてはチップと1杯の温かいスープを恵んでもらっていた、それが、トゥナの始まりだと言われています。スープはスペイン語で「Sopa (ソパ)」。そこからトゥナは「ソピスタ (Sopista)~スープの人」という呼びれ方もしていたようです。ソピスタとは本来、修道院などで施される質素なスープ (Sopa boba)を生活の糧にしていた貧者、貧学生のこと。今でも、働きもしないで親のすねをかじってばかりいる人をこの「ソパ・ボバで生きている」なんて表現をしますが、トゥナに起源があるのかどうか・・・ここはスペイン語の先生達に質問してみると面白いお話が聞けるかもしれませんよ。

さて、トゥナのトレードマークとも言うべき黒い衣装。肩からV字に掛けているベカ (Beca)と呼ばれるたすきのような帯は、在学している学部によって色が異なります。例えば法学部は赤、文学部は紫、医学部は黄色・・・というように。ベカには大学や学部の校章も刺しゅうされているので、このベカを見ると、「○○大学の○○学部のトゥナだな」と判るわけです。ケープについているたくさんのワッペンは、これまでに演奏のために訪れた国や都市の紋章。そして、ケープにカラフルな細長いリボンを付けている人もいます。このリボンは公演の先々で女性から贈られたもの。このリボンは女性しか贈ることはできません。トゥナは男子学生のグループですので、女性からどれだけ人気があるかを示す自慢の一品とでも言いましょうか。

トゥナはギター、アコーディオン、マンドリンやタンバリンなどの楽器を演奏しながら、ヨーロッパのフォルクローレを時に踊りも交えて聴かせてくれます。恋する女性を口説くために、トゥナを雇い女性を囲んでとてもロマンティックな歌をプレゼントするなんてことは、今ではあまり見かけませんが、広場のカフェのテラスやレストラン、パーティなどでスペインを訪れる観光客を楽しませています。13世紀から800年を経て今なお、素晴らしい歌声を響かせながら生き続けているスペイン伝統文化のひとつです。



2011/10/17

音楽はキューバを川のように流れている




ラテンのリズムと言われてもピンとこない・・・ そんな方でもきっと「コーヒールンバ」は誰でも一度は耳にしたことがあるでしょう。聞いているだけで自然と体がリズムを取ってしまう、そんなリズミカルで陽気な曲ですよね。この「コーヒールンバ」のルンバと言われるリズムの起源はソン。海外に「ソン(son)」を紹介する時に、英語の「ソング(song)」と混同されないようにと「ルンバ」の名で知れ渡ったとも言われています。日本でも今や知名度を上げたサルサはラテンの様々なリズムがソース (スペイン語でSalsa)のようにミックスされて誕生した新しいリズム。このサルサの元となっているリズムの一つがソンです。

16世紀ぐらいに東キューバで生れ、ハバナへ、そしてアメリカから世界へ広がっていったこのソンという音楽。キューバの街並みを歩いていると、どこかしらから耳に届いてくるポピュラーな音楽です。
日本でも一世を風靡したあのドキュメンタリー映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。映画の中で「Chan Chan」を始め数曲のソンが収録されています。アメリカ人ギタリストでキューバに赴き、エリアデス・オチョア、コンパイ・セグンドといったキューバ音楽界の巨匠達と「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」をレコーディングしたライ・クーダーは、『とても洗練されていて本質的にファンキーなこの音楽を、過度に組織化された騒々しい世界から隔絶された空気の中で育んできたのは、「キューバのソン」の演奏家と歌い手たちである。およそ150年の時間をかけて、彼らは美しいアンサンブルというとてつもないコンセプトを発展させてきた。音楽はキューバを川のように流れている。人は音楽の世話になり、音楽によって健康的に徹底的に作り直される。』と語っています。

テンポの速い、賑やかすぎるラテンの音楽はちょっと・・・ なんて思っている方、是非 キューバのソンを聴いてみてください。どこな懐かしく、真っ青な空の下ゆったりと流れるキューバの時間を感じさせてくれるとても心地よい陽気な音楽です。
11月、12月とそんなソンをティエンポで堪能できるライブがあります。この機会にキューバの風を感じてみませんか?

■11/20  (日) Latin Night "SALSON" Live with SON 四郎
ソンをこよなく愛する東京在住の日本男児四人組「SON 四郎」がラテンナイト「サルソン」でライブを開催。(詳細)

■12/9  (金) Trio Suena Cubano初来日
1 部は演奏とダンスのディナーショー形式で、2 部は生演奏で思いっきり踊りたい方のためにサルソンライブ形式で本場のキューバン音楽を堪能!

2011/07/23

〜タンゴとクラシック音楽との出会い〜 別府アルゲリッチ音楽祭レポート


皆さんは、アルゼンチンと九州との意外な結びつきをご存知だろうか。「別府アルゲリッチ音楽祭」について聞いた事がある方も多いと思う。アルゼンチン出身のピアニストマルタ・アルゲリッチが総監督を務め、友人であり別府在住のピアニスト 伊藤京子と組んで毎年5月大分県で開催する音楽祭だ。1996年の開始以来第13回目を迎える今年のテーマは「Asia Meets Argentina〜異文化が出会う時」。5月8日から19日まで別府・大分・北九州の三都市で、それぞれ異なるプログラムで計7回のコンサートが行われた。私は、友人二人と14日に‘大分いいちこホール’で開催されたマラソン・コンサートに行く機会を得た。そのテーマは「タンゴとクラシックの出会い」で、ブエノス・アイレス在住経験がありタンゴファンである私の興味を十分にそそるものだった。



実は当初、ブエノス・アイレスからバンドネオンの巨匠ネストル・マルコーニ氏(ヨーヨーマと共演したことでも有名)がコンサートに出演予定で、個人的に大変楽しみにしていた。マルコーニは、バンドネオン奏者・作曲家・指揮者として現在世界最高峰と言われる重鎮だが、数年前から若者の育成にあたっているため、地元アルゼンチンでさえもなかなか彼の生の演奏を聴く機会は得られないからだ。しかし、3月に東日本を襲った大震災後、彼は来日をキャンセル。私は大変落胆したとともに、音楽祭自体の開催も危ぶんだのだが、日本を愛するアルゲリッチが音楽祭の決行を踏切ってくれ、音楽祭は無事大成功の末幕を閉じた。



私たちが会場入り口のアトリウムに入った時、タンゴの生演奏に合わせステップを踏む数組のペアの光景が目に飛び込んできた。何と入り口ホール内に‘仮設ミロンガ’が設置されていたのだ。演奏は地元のタンゴバンド‘オルケスタ・デ・タンゴ大分’の皆さんだ。そして客席に続くロビーでは、恐らくアルゼンチンのTVクルーが取材をしたり、既に到着している多くの観客達が今か今かと開演を待ちながら、所狭しと並べられたパンフレットやCD、本などを買おうとごった返していた。いよいよ気分が高揚してきた。



4時間に渡るコンサートでは、アルゲリッチの奔放で力強い演奏に度肝を抜かれたが、彼女の偉大さは誰もが知るところだ。クラシック奏者といえども、タンゴだろうが何だろうがジャンルを超えて弾きこなせるテクニックはあっぱれとしか言いようがない。しかしもっと驚いたのは、前述のマルコーニに師事した若干21歳のバンドネオン奏者三浦一馬が、期待以上の素晴らしい演奏を聴かせてくれたことだ。

ソロ演奏の一つピアソラ・メドレーは、「ブエノスアイレスの夏」(4曲構成「ブエノスアイレスの四季」の一曲で、フィギュアスケートの高橋大輔選手がフリー演技で「冬」と「春」を使っている)で始まり、聞く度に胸が熱くなる「アディオス・ノニーノ」(ピアソラの父が亡くなった時に父に捧げた曲)で締めくくるという構成で、ピアソラ好きの私としては演奏前から期待が高まっていた。通常はピアノやヴァイオリンなどが加わる六重奏で聞く事が殆どだが、三浦のソロは私の心をしっかりつかんだ見事な演奏だった。また、偶然にも私自身大好きなガーシュイン作曲の「ラプソディー・イン・ブルー」もソロで演奏された。これはご存知のようにピアノとオーケストラのための作品で、タンゴというよりむしろ‘ジャズとクラシックの融合’的な曲だ。最近では映画「のだめカンタービレ」のエンディングテーマとなっていたのが記憶に新しい。バンドネオンのソロ演奏がどのようなものになるのか、オリジナルのピアノ部分はまだしもオーケストラ部分は想像がつかなかったが、三浦はオリジナルとはひと味違った魅力ある演奏を聴かせてくれた。これも、メロディーと和音を同時に奏でられるバンドネオンという楽器と、三浦のようにそれを自在に操る事ができる数少ない逸材とのコラボによってのみ成し得た業なのだろう。若くして既に‘テクニック・豊かな感受性・パッションと冷静さ’を兼ね備え持つ三浦が、これからどんな演奏者へと成長して行くのか楽しみだ。近い将来、是非ティエンポのステージでも演奏してもらえれば嬉しい。

毎年リピーターも多く、クラシックファンを魅了し続ける「アルゲリッチ音楽祭」であるが、今回タンゴの魅力に開眼した新しいファン層を増やした事は間違いないと確信する。また、女子高生達がバンドネオンを‘アコーディオンのような不思議な楽器’と表現し興味を持って話しているのを耳にした。哀愁と色気を帯びた音色を放つこの楽器について興味を持つ人が少しでも増えれば嬉しい。音楽祭はアルゼンチンと九州との間の文化の絆作りに確実に貢献していると感じ、ブエノス・アイレスの街並みがまた懐かしくなった午後だった。



今回レポート記事はアヴェシリャ春口絵里さんが寄稿して下さいました。ありがとうございました!



アヴェシリヤ春口絵里
東京都出身。アメリカ人外交官である夫と共に2009年より福岡在住。アメリカ以外に、夫の赴任先であったブエノス・アイレス(アルゼンチン)とハノイ(ベトナム)での在住経験がある。



2011/07/10

フラメンコ講師Andressaが語るフラメンコ舞踊家インマクラーダ・オルテガ

私が初めてインマクラーダ・オルテガと出会ったのは2007年、彼女が初めてブラジルにやってきた時のこと。それ以来、舞踏家としてだけでなく、彼女の人間性にも大きく惹かれ、彼女の大ファンになりました。だから、その後2回ブラジルを訪れた際も、彼女のレッスンだけは逃せませんでした。独自の教授法に基づき、根気強く教えていくインマクラーダのレッスン。偉大な振付師である上に、賞賛すべき講師でもあります。

2009年来日の際の特別レッスンの模様


彼女の踊りは、卓越したテクニック、そしてパワフルでかつ美しい。感情表現の豊かさは特筆すべき点です。彼女が踊っている姿を前に、感動せず観ていられる人はいないはず。単にフラメンコのステップを踏んでいるのではない、インマクラーダの踊りにはそんな感覚を覚えます。

2009年 フラメンコショー

世界を舞台に活躍している著名なフラメンコ舞踊家の一人ですが、彼女自身はとても謙虚で、おおらかな人。人間的にも素晴らしい人物です。その人柄は、彼女のレッスンや舞台創りで直に触れてみると感じ取れます。
2年振りに来日するインマクラーダ・オルテガ。彼女のレッスンに参加し、また踊りを観ることはきっと素晴らしい経験になるはず。この機会を逃さず、彼女の素晴らしさを感じてもらいたいです。



■ 2011年9/24 (土) インマクラーダ・オルテガ フラメンコショー
■ インマクラーダ・オルテガ フラメンコ特別短期講座



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フラメンコ講座講師:
Andressa Abrantes ~ アンドレサ・アブランテス

10歳より踊り手“シモネ・アブランテ”を師に舞踊を学び始める。
インマクラーダ・オルテガ、ドミンゴ・オルテガ、カルメン・ラ・タレゴナ、ポル・バケロ、クリストバル・レジェス、テレサ・マキシモ、ファビオ・ロドリゲスといった様々な講師によるクラスを取る。
インマクラーダ・オルテガプロデュースによるショー“インマクラーダ・オルテガ”に出演。また、師ドミンゴ・オルテガとインマクラーダ・オルテガプロデュース、主演のショー“ウン・ポキート・ポル・オルテガ”にも出演。
ベルリンでワークショップを開講し、踊り手としてショーにも出演。
15歳でアルテ・フラメンカ・カンパニーに所属。ブラジル各地で様々なショーに出演する。

2011/06/24

新しくなった博多駅のタイル画デザイン


今年3月 遂に新しい博多駅ビル「JR博多シティ」がオープンしました。





「都会にいながら自然を感じられるスペースをみなさんの手で…。」 
そんな思いから2007年12月に始まった博多駅のアート計画。

国際的に活躍している日本画家・千住博さんと数々の列車デザインを手がけてきた水戸岡鋭治さんをアートディレクターに迎え、一般公募で採用された「葉」、「花」、「鳥」、「魚」をモチーフとした絵を有田焼のタイル画にし、駅構内を「大パノラマアートの森にしよう」という企画でした。



当時アート講座の講師として来日していたアンへレス先生とジセラ先生、アート講座受講生のJorgeさんこと城島さんとMasaeさんもそれぞれデザインを考案、応募。そして、素晴らしい駅ビルに生まれ変わったJR博多駅に4名の作品が採用されました。

Masaeさんデザイン

ジセラ先生デザイン

Masaeさんデザイン

1階コンコースの柱では城島さんとアンへレス先生それぞれの絵、そして3階テラスの壁ではMasaeさん、ジセラ先生作デザイン画を見ることができます。

自分のデザインを指すJojimaさんとマカレナ先生

アンへレス先生のデザイン画を指すアート受講生


Masaeさんと彼女のデザイン

子供から大人まで、海外からも集まった自然をテーマにした28,525枚の絵。普段は周囲に目を配ることなく、ただ通り過ぎることの多い駅、ひとつひとつの作品を眺めながら、心も楽しくなるようなそんな素敵なアート空間になっています。
皆さん、JR駅に行かれる際は、4名の作品を探し当ててみてください。



JR博多シティ タイル画アート検索システム



2011/06/10

El Rincon de los alumnos Vol.8 - ヤシの木の下で ~ Debajo de las palmas


500名を超えるティエンポの受講生… 習い事を始めるきっかけ、目標・夢は十人十色。
「リンコン・デ・ロス・アルムノス」は、受講生にレッスンへの思いを語ってもらうコーナー… ですが、今回は番外編。ティエンポ設立当初からスペイン語、フラメンコ、アートを受講しているYuko Mitomaさん。実は、地元の能古島をテーマに仲間と一緒にインディーズレーベルからCDデビューをされていたそうです。その中の1曲「ヤシの木の下で」は、○○○をテーマにYukoさんが作詞を担当したということで、今回はその曲をご紹介します。


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熱いあつい祭りの中 みんな狂うように踊るんだ 海辺のバー "Noconoshima"でモヒートでも飲みながら♪ みんなはじける明るさで 国籍なんて関係ないんだ ファンタスティックなこの島 ああ、この世はなんて素敵なんだ! さぁ、踊ろう! 僕と一緒に踊ろうよ! ヤシの木の下で・・・ 

2008年から地行浜で開催されているティエンポのボーダーレスミュージックフェスティバル「イスラ・デ・サルサ」。1996年から2007年までYukoさんの地元 能古島のキャンプ場で開催されていました。

「イスラの大ファン!」と語るYukoさんは、仲間と一緒に「能古島映画サークル」を結成し、2007年にオーストラリアのアボリジニ人の問題をテーマにしたドキュメンタリー映画 ”KANYINI ~カニニ~” の上映会を開催。その時、招へいしたメラニー監督、語り部ボブ・ランドル氏のために詩を作り捧げたそうです。
それがきっかけとなり、能古島をテーマにした曲を収録した「能古島で愛を叫ぶ」というタイトルのCDをリリースすることに。

冒頭で紹介した詩は、Yukoさんが能古島で開催されていた「イスラ・デ・サルサ」について詩を綴った曲「ヤシの木の下で」。
作詞のきっかけとなった映画タイトル「カニニ」は日本語で 「絆、接点」 と言う意味。『ティエンポの仲間を表現したいという気持ちが、この曲のコラボに繋がったんです。』と語るYukoさん。
とても素敵な曲で、スタッフ一同 「今年も頑張ろう!」という気持ちでいっぱいになりました。









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【ヤシの木の下で ~ Debajo de las palmas】


En la arena hermosa, ¡me muero de color!
En la playa preciosa ¡Qué linda esa chica! ¿Hola?
Con la música baribeña, gozo de la vida mía
Con las chicas caribeñas ¿Es el paraíso?

砂の上 僕らのように 寄り添う ヤシの木
ここは僕らの 魂揺する

¡Vamos a bailar!
¿Por qué no bailas conmigo?
Debajo de las palmas.

En la fiesta caliente ¡Todos bailan como locos!
En el bar "Noconoshima" ¡Un Mojito por favooor!
Con la gente simpatica ¿Son los japoneses?
Con la isla fantásictica, ¡Qué bueno ese mundo!

回転焼きの 日々がうそのよう
ここは僕らの 本能を焦がす

En la noche calurosa, ¡No para esa fiesta!
En el aire delicioso ¿No estoy soñando?
Con el susurro de loa,  ¡Mi corazón lleno de gozo!
Como la orilla eterna, Tiempo nunca se para!

波音もろとも 心踊りだす
眠らない夜 夜明けまで・・・

美しい砂浜の上 暑くて死にそうだ!
綺麗なビーチ かわいらしい女の子が僕をみている
カリブの音楽に乗せて 思いっきり人生を楽しむんだ
ラテンな女の子たちと 天国みたいなこの島で
さあ、踊ろう!
僕と一緒に踊ろうよ! ヤシの木の下で・・・

熱いあつい祭りの中 みんな狂うように踊るんだ
海辺のバー "Noconoshima"で
モヒートでも飲みながら♪
みんなはじける明るさで 国籍なんて関係ないんだ
ファンタスティックなこの島
ああ、この世はなんて素敵なんだ!
さあ、踊ろう!
僕と一緒に踊ろうよ! ヤシの木の下で・・・


夜も蒸せるこの島は 祭りに終わりなんてないんだ
おいしい空気をおもいっきり吸って
夢じゃないと確信する
波音をききながら 僕の心は満たされていく
どこまでも続く砂浜のように
時間はとまることはないんだ
さあ、踊ろう!
僕と一緒に踊ろうよ! ヤシの木の下で・・・

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Yukoさん、¡Muchas Gracias!


今年の「イスラ・デ・サルサ」は15回記念スペシャル
8/6 (土) ・ 7 (日) シーサイドももち・地行浜にて開催。
http://www.isla-de-salsa.jp/

2011/04/29

「ソン」のファンなら絶対に聞き逃せないCD ~ おすすめCD


シエラ・マエストラの「SONANDO YA」


サルサやチャチャチャの他に、最近レッスンや週末パーティ「サルソン」でよく使っているのがキューバの「ソン」というリズムの曲。私のお気に入りのリズムのひとつです。一人でもペアでも踊れるこのリズム、ラム酒を片手にゆったりと音楽を楽しむのも最高!
「ソン」はキューバ生れ。特にグアンタナモ、マンサニージョやサンティアゴ・デ・クーバなどの東海岸に位置する都市がルーツだと言われています。現代ではトリオかクアルテットで演奏されることが多い「ソン」のバンドは本来、ギター、トレス、ボンゴ、クラベ、マラカス、そしてトランペットという構成が基本でした。灼熱の太陽の下、トリオが演奏する「ソン」の演奏を行き交う人々が楽しんでいる光景をキューバの街角や広場でよく見かけます。
日本でこの「ソン」が知られるようになったのは、かの映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。今は亡きキューバの至宝コンパイ・セグンドの渋く艶やかな歌声に魅了された方も多いのでは?
キューバ生れの「ソン」はグアテマラやプエルト・リコ、ドミニカ共和国などでも多く演奏され、その国独特の楽器のバリエーションが楽しめ、変化に富んでいて聴き比べをするととても興味深いですよ。
そこで、今月は私のお気に入りのCD、「ソン」が好きな方にはその美しいリズムを気に入ってもらえる1枚を紹介します。
シエラ・マエストラの「SONANDO YA」。キューバの老舗グループならではの、伝統深いキューバンソンを伝統スタイルで演奏し、キューバを感じさせてくれる作品。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」でも活躍していたベテランミュージシャンに若手音楽家も参加し新しい感性も加わっています。「ソン」のファンなら絶対に聞き逃せないCDです。
皆さん、是非聴いてみてくださいね☆ 



サルサ・ラテンダンス講師:
Marcelo Stella ~ マルセロ・ステラ

サルサ世界コングレスのオープニングでダンスパフォーマンスを行う他、数々のショーへの出演経験を持つ。また、2000年より度々ラテンフェスティバル“ イスラ・デ・サルサ” のステージに立ち、多くのサルサファンの注目を浴びている。初来日以来、講師活動を通して福岡でのサルサ普及に大きく貢献し、ダンサーとしてまた講師としても日本での実績豊富なダンサーである。最近は、ショー演出や振付師としての活躍も目覚しい。



2011/04/22

El Rincon de los alumnos Vol.7 - スペイン語・アート受講生 Jorge (城島) さん



500名を超えるティエンポの受講生… 習い事を始めるきっかけ、目標・夢は十人十色。
「リンコン・デ・ロス・アルムノス」は、受講生にレッスンへの思いを語ってもらうコーナー。
今回はスペイン語、アート受講生Jorge (ホルへさん)こと城島さんにお話を聞きました。


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東京で友人の娘さんのフラメンコショーに誘われた。その会場での光景が、私を西語圏への関心を強烈にした始まりです。挨拶の「オラ」と「ベソス」。明るく、開放的な雰囲気だった。
退職し福岡に越し、NHKに問合せ、ティエンポの紹介を得、即語学クラスを見学。I講師はセベ・バレステロス(ゴルファー)の女性版美人だった事と、語学専門学校にはない雰囲気を感じ、そのまま生徒になってしまった。
其後、マカレナ講師のアート講座を覗く。高齢でアートはゼロスタートの私に、礼儀正しく、親切に接してくれた。クラスはペーパーオブジェ・デッサン・彫刻等の生徒で活気満々。入門し今日迄継続出来ている。合間に訪れるサンチョでのワイン、テキーラ、シェフのお国料理も楽しみの一つである。
多くの方々と馴染みになる事も出来、その中で三度の海外旅行の機会を得た。特にキューバはティエンポに席を置かねば決して訪れなかった国で、印象も一番深い。三度の海外西語実践(?)旅行とは、


① スペイン一周8日間の旅(語学クラス5名)
レンタカーと飛行機を乗り継ぐ8都市巡り。サラマンカでは前講師3名と市内観光。講師宅へもお邪魔したが、全くスペイン語を話せず、素敵なスペイン観光のみに終わる。
② キューバイベント「Baile en Cuba」に参加(マルセロ講師他7名)前夜祭の熱気は、本場ならではの圧感だった。踊れない私は、ダンスグループが研修の間、僅かな単語を組み合わせ単独観光。カテドラルで出遭ったロシア美人が帰り際、幾度も「No te vayas」と言っていた。当時は「接続法」未習の為、理解できず大変残念であった。
③ バルセロナ・マジョルカ・バレンシアの旅(語学クラス4名)
マジョルカはロノ講師の友人に観光ポイントの推薦を頂き辿る。バルセロナではマカレナ講師のアート講座出身のM子さん(国立美術学校に合格。現地で大活躍中)と学校のヌードデッサン会に参加出来たが生憎当日のモデルは男性、4ポーズを描いて中途退散。招かれたM子さん邸のバーベキューでの歌の交歓で日本組は「君が代」と「早春賦」のスペイン語バージョン(訳:イシドロ講師)を披露。先方の三組の夫妻による後日評価は、「スペイン語は不十分ながら、一番楽しかった日本人」だったそうだ。これらの旅は、ティエンポ独特の環境体得から派生した成果であると感謝している。
記憶力も乏しくなり、語学・アート共に上達には程遠いが、お陰で今も西語圏をベースに海外への興味は増している。
夢:スペイン語も今はストレートを投げるだけ、時が私を20年遡らせてくれるなら、西語圏に移住し、シュートやフォークも交えたスペイン語会話で「少年達」と遊びたいのです。。。。


2011/04/15

アルフレド・デ・アンジェリス楽団の音色 ~ おすすめタンゴCD


アンセルモ・アイエタやグラシアーノ・デ・レオーネなどの楽団を経て、1941年に自らの楽団を結成したピアノ奏者・作曲家アルフレド・デ・アンジェリス(1910 - 1992)。今回はタンゴ講師のセルヒオとソレダがこのアルフレド・デ・アンジェリス楽団の音楽を皆さんにご紹介します。ダンスにもとても向いている演奏と言われるアルフレド・デ・アンジェリスの音楽、二人はどのような思いがあるのでしょうか・・・


“ORQUESTA ALFREDO DE ÁNGELIS”


タンゴ講師: Sergio BUSTOS:
アルフレド・デ・アンジェリス楽団は、タンゴの歴史のなかでも、最もテンポのバリエーションを持つ楽団のひとつだと思います。かのファン・ダリエンソ楽団のようなスタッカートの効いたハギレ良いリズム。偉大なマエストロ オスヴァルド・プグリエーセの後年期を思わせる深みのあるメロディ。彼が紡ぐ詩は、当時のアルゼンチンの人々の生活をありのまま語っていて、聴く人の心にしっとりと入りこんできます。そして私たちのような現代のダンサーにとって、楽器ひとつひとつを聴きながら、同じタンゴでも全く違った踊り方ができるアルフレド・デ・アンジェリスの豊かな音楽性はとても魅力なのです。私にとってはこの楽団を特徴づけている楽器に思えるバイオリンとバンドネオン、その表現力(音楽性)は格別で、特筆するに値するものです。是非、皆さん機会があれば、聴いてみてください。

タンゴ講師: Soledad SOSA:
私がアルフレド・デ・アンジェリス楽団を皆さんにおすすめする理由は、何と言っても変奏のバリエーションの豊富さ。楽器の奏でる音色を聴いていると、自然に私の足をはしゃぎ出し、足先でコンパスのひとつひとつを飾りつけさせていく。。。 同時に私の心は、この楽団が長屋の情景の一部であった時代へタイムスリップ。そして歌詞に耳を傾けると、楽しく歓喜にみちた光景が目に浮かんでくるんです。その光景を胸に、私は心から踊りを楽しむことができます。そして、子供時代の懐かしい家族の思い出も運んでくれます。タンゴに耳を傾けている父の姿、洗濯をする母、そしてタンゴを口ずさみながら私と遊ぶ祖母の姿・・・
あ~ 頬笑みから涙まで、いろんな感情を呼び起こしてくれるタンゴはやっぱり凄い!
皆さんも是非、アルフレド・デ・アンジェリスの音楽に心を預け聴いてみてください。



アルゼンチンタンゴ講師:
Sergio Bustos & Soledad Sosa ~ セルヒオ & ソレダ

セルヒオは6歳からアルゼンチン民族舞踊を学び始め、これまで数々の賞を受賞。2005年からタンゴ世界大会に継続し参加、常に準決勝まで進む。2007年には参加者400組の中で5位という実績を持つ実力派ダンサー。また、“LATINOAMERICANO” などの舞踊団に所属し、メキシコやイタリア公演など海外も行っている。
ソレダは、2001年タンゴ国内大会で優勝。また2007年、2008年にはタンゴ世界大会でセルヒオ同様準決勝まで進む。2009年には”El Arrabal”舞踊学校を設立し、講師活動も積極的に行っているダンサー。タンゴだけではなく、アルゼンチン民族舞踊にも精通しているペア。


2011/04/08

刺激的で、おもしろみ溢れた サルサ・ナンバーが満載!



2008年夏、「ビベラ! サルサツアー」で日本初来日、10日間で7都市7公演を敢行したコロンビアのサルサオーケストラ "La33"。彼らと同じコロンビア出身のサルサ・ラテンダンス講師ネリーが今月は"La33"の音楽の魅力、そして最新アルバム「Ten Cuidado」について紹介します。


“Ten cuidado!”- La 33


La33 (ラ・トレインタ・イ・トレス)の魅力は何と言っても都会的サボール (味)! メンバーの様相からしてとってもユニーク。ロック系、レゲエ系といった格好をしたミュージシャン達がサルサを演奏。ファッションだけでなく、ジャズ、ロック、レゲエなどジャンルを異にするミュージシャンの集まりで、だからこそ他にはない独創的な音楽性を持っているんです。ラテン音楽をこよなく愛する彼らがそれぞれのエッセンスを調合しながら、新しい音楽創りを模索していき、今の陽気でモダンで、でもどこかコロンビアのサボール(味)を感じさせてくれる独自の音楽性を確立していったんです。
ピンクパンサーのテーマをサルサ風にカバーした"Pantera Mambo"が世界的にヒットし、サルサ・オーケストラとしてワールドワイドに活躍するようになりました。一度聴いたら癖になってしまう、自然と体がリズムをとってしまう、彼らならではのワクワクするような面白味いっぱいの曲です。
ピンクパンサーも是非聞いて欲しいおすすめの曲ですが、今回私が紹介したいのは3作目のアルバム「TEN CUIDADO (気を付けて)」。
毎回1曲カバー曲が入っているのも彼らのアルバムの楽しみで、最新作のこのアルバムでは、ポリス初期の名曲「ロクサーヌ」をカバーし、La33流にアレンジ。(9曲目)特にこの作品では、ブーガルー ('65年から'70年ごろにかけ主にニューヨークで流行したラテン音楽の一種でR & B、ソウル、ロックンロールなどの米国のポップミュージックとカリブ音楽が混合されたサウンド。)のエッセンスをマンボやファンクなどの他ジャンルとミックスさせつつ、スピード感溢れる彼らのサウンドはしっかり維持しているのが特徴。全11曲が収録されたLa33魅力満載のアルバムになっています。是非、聴いてみてくださいね! 

La33 Website
¡Vívela! Salsa Tour 2008 - La33 Photo Gallery




サルサ・ラテンダンス講師:
Nelly Martínez ~ ネリー・マルティネス



10歳からダンスの世界に入り、ラテンダンスだけに限らず、コロンビア民族舞踊からクラシックバレエ、ジャズ、コンテンポラリーなど幅広いジャンルの舞踊をこなすダンサー。
ラテンダンスはもちろん、サンバ、エアロビクス、ピラティスまで、幅広くレッスンを担当。

2011/04/01

「ドン・キホーテ」とセルバンテス


El Día Internacional Del Libro
4/23は世界図書・著作権デー



Miguel de Cervantes Saavedra - ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラは世界的大文学者のひとり。
1605年に出版した「英知あふれる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」の前篇、10年後の1615年に後篇を発表、たちまち評判となりその名が知れ渡りました。「ドン・キホーテ」が世界で高い評価を得ることになったのは、当時としては斬新な小説に対する理論を持っていたと言えるでしょう。研究者によれば、現代小説はセルバンテスにより生みだされたと言われています。今日私たちが読む多くの小説のような形式、展開の「現代小説」らしい小説の祖です。

「ドン・キホーテ」が世に広まったのはもちろんそのストーリーの面白さそのものでもあります。「ドン・キホーテ」は英知と巧みで頭脳的な想像力に満ちた偉大な作品。セルバンテスがこの作品で取り組んだテーマ、構成、そして展開は変化に富み、強烈な社会的意義を含んでいます。それだけに、精神錯乱状態の一人の登場人物の見方通して本来なら正気であろう人々の狂気さを辛辣に風刺するというのは、誰でもができることではないでしょう。自分をラ・マンチャ地方の騎士と思い込み、現実と架空の世界を彷徨う、主人公アロンソ・キホーテを通して唱える無言の批判的見解は、全ての人に向けられており、また同時に誰かへの批判でもないのです。

小説の他に、セルバンテスは演劇作品や詩も手掛けています。ただ、やはり彼の素晴らしさは小説に他ならないというのが多くの方の意見。演劇のための執筆活動の方が熱中できたそうで、セルバンテス本人は物語よりも演劇で有名になりたかったようです。伝説的な英雄を生みだした後、セルバンテスが生み出した英雄は、何カ国語にも訳され世界中の読者を魅了し、後世に名を残す作家となりました。そして後の作家たちに文学的大きな影響を与え、彼の小説の書き方は受け継がれてきたのです。きっと彼自身想像もしていなかったでしょう。

セルバンテスの人生そのものも波乱に満ちたものでした。収税官を務めた時期もあり、軍人でもあり、また作家。恐らく盗みもしたし、人を殺めたこともあるでしょう。色恋沙汰も盛んで結婚生活は悲惨、捕虜になったことも虜囚生活を送った時期も… このような実体験から彼の作品は生まれたです。生命力のある考え方を持ち、また願い、想像するだけで不可能なことも可能になると考える夢見がちな国民、スペイン人の性質を特徴づける「キホーテ」。そんな風に言われたりしますが、そう、その通り。我々スペイン人はちょっと「キホーテ」に似ています。というと反論するスペイン人もいるかもしれませんが。(笑)
自分を「キホーテ」だと思う人はいますか?正気の「キホーテ」であることは、そんなに悪いことではないですよ。少なくとも私はそう思います。皆さんの意見は? 



スペイン語講師講師:
Isidoro Días Flores ~ イシドロ・ディアス・フローレス
アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイのラジオ、テレビ、劇場、文化センターなどでの様々なイベントへ出演。フラメンコ講師、振付師が行う、クラス、ワークショップなどに伴奏者として参加。現在はソロとして活躍し、ギターの個人レッスンなども行う。



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4/23の世界図書・著作権デーにちなみ、セルバンテスを称える座談会を開催
ミゲル・デ・セルバンテス、ウィリアム・シェイクスピア、インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベーガの3人の作家の命日がいずれも1616年4月23日であり、もともとこの日、スペインでは伝統的に「本の日」として祝われている「サン・ジョルディの日」であったことから4月23日が「世界図書・著作権デー」として1995年にユネスコに認定されました。(当時はヨーロッパ大陸とブリテン島とで異なる暦を使用しており、実際には同じ命日ではない。)「サン・ジョルディの日」には、スペインのカタルーニャ地方では男性が愛する女性へ赤いバラを、女性がお返しに本を贈るというバレンタインデーに似た伝統的習慣があります。

座談会① 「映像で観るセルバンテス作品」
4/16  (土)  19:00 ~          参加費 ¥600
映画をはじめアニメ、演劇、TV番組と様々な形で作品となっている「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」の映像を紹介しながら、セルバンテスが生み出した物語に迫っていきます。

座談会②「ドン・キホーテの著者セルバンテスの人生と作品について」
4/23  (土)  19:00 ~          参加費 ¥700
波乱万丈な人生を送ったセルバンテスという人物について、そして彼が生み出した偉大な作品「ドン・キホーテ」について画像を交えながら紹介していく座談会。「サン・ジョルディの日」にあたるこの日、参加してくれれた皆さんにスペイン語講師陣からバラを一輪プレゼント、さらに抽選で1名に、セルバンテスの著書1冊をプレゼント!

座談会のお申し込み・お問い合わせ



2011/03/29

El Rincon de los alumnos Vol.6 - サルサ・ラテンダンス受講生 Kazuyoさん


500名を超えるティエンポの受講生… 習い事を始めるきっかけ、目標・夢は十人十色。
「リンコン・デ・ロス・アルムノス」は、受講生にレッスンへの思いを語ってもらうコーナー。
今回はラテンダンス受講生のKazuyoさんにお話を聞きました。


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友人に誘われ、ダンス講座を見学した日からあっという間の歳月が過ぎました。別のダンスを辞め数年が経ち、もうダンスをすることもないと思っていたのですが、再び足を踏み入れることになりました。
受講するようになりダンスも然る事ながら、それまでスペイン語に直に触れることがなかった私にとってとても新鮮なものでした。
それからイベントに参加する機会が出来、イスラ・デ・サルサは2010年で4度目の出演となりました。いつもとは違う衣装を身に纏い、少し(?)厚めの化粧をし、間違えるのではないかと不安が胸を過りながら、顔を強ばらせなんとか踊り終えた後の気持ちは普段の生活では経験できないものです。
無論、練習など大変な面もありますが、未体験の方も話の種に一度参加してみられてはいかかでしょうか。クラスでのレッスンと違うものを味わわせてもらえることでしょう。
また、その中で違うクラスの方々と知り合えるのも大事なことの一つだと思います。今回も初対面の方が多かったのですが、ロドリゴ先生のご指導の下とてもいいチームとなりました。
ティエンポのように年齢、性別、立場などに関係なく自由に参加できる場があることは本当にいいことだとつくづく感じました。
それにしても、2度3度と来日される先生方の日本語上達に目を見張るばかりで、スペイン語を覚えようともせず、今以て幾つかの単語しか解らない自分に恥じるばかりです。
これを寄稿するにあたり今までの自分を反省しつつ、新たな気持ちで取り組んでいきたいと思います。
そして、私の知らないところで心配りをして頂きました受講生、先生、スタッフの皆様にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。


2011/03/25

アラビアンダンス入門者におすすめのCD

アラビアンダンスの伴奏曲としておすすめできるCDはたくさんありますが、今回はそのなかでもダンスレッスンを始めたばかりで、「どんなCDを選んだらいいかのかわからない・・・」という方にぴったりの1枚をアラビアンダンス講師Rominaがご紹介。


“Talakik”(2002) - Hakim


Hakim (ハキム) は、ベリーダンサーに大人気のアラビアン・ポップシンガー。私のお気に入りの歌手の一人です。エジプトのポップスター、天才シンガーとしてアラビアンダンス界では世界的に人気の高いアーティスト。ハイトーンで特徴的な声に、伸びのある歌い方で、陽気ながらもエキゾチックな雰囲気を醸し出しているのが彼の魅力。
デビューからこれまで多数の作品を世に生み出していますが、なかでも2002年にリリースした「Talakik」はアラビアンダンス入門者にはおすすめです。オリエンタルポップ、モダンなサイディ (エジプトのベリーダンス)やフラメンコとのフュージョンをテーマにしたバラエティに富んだ曲が収録されています。彼の曲は一般的に伝統なリズムをベースとしていますが、モダンなリズムもしっかりダンス伴奏にも使えるようアレンジしてあるので、どのCDも練習には最適なものばかり。もちろん、アラビアン音楽の好きな方にも楽しんでもらえるアーティストです。



アラビアンダンス講師:
Romina NEMER ~ ロミナ・メネール

アルゼンチン、キルメス市出身。祖父母がシリア・アラブ共和国からアルゼンチンに移民。アラブの血を引く舞踊家。
11歳からジャズダンスを学び始め、その後ブエノス・アイレス国立ダンス学院でクラシックバレエを学ぶ。同時にアラビアンダンス舞踊家Amir Thaleb、Yousry Shariffなどに師事。
2005年にはアラビアンダンスカンパニーの舞台「グラナダのドアで」に出演。舞踊家としてでなく、講師としてもブエノス・アイレス、またアルゼンチン国内で精力的に活動中。


2011/03/10

追悼: マリア・エレナ・ワルシュを偲ぶ


"ぺウアホに住むマヌエリータ。ある日旅立って行ったんだ。
誰も何故なんだかよくわからないんだけど、パリに行くんだって。 
ちょっと歩いては立ち止まり、少しずつ歩いて行きました。"

アルゼンチンで幼少時代を過ごした人なら、誰でもが歌える「カメのマヌエリータ」(LA TORTUGA MANUELITA)。小学校の校庭では、昔も、今も変わらずこの童謡を口ずさむ子供たちの歌声が聞こえてきます。María Elena Walsh (マリア・エレナ・ワルシュ)この曲の作曲者。
童話作家、詩人、音楽家、歌手、脚本家、作曲家・・・ 幅広い分野で子供や大人向けに多数の作品を残した芸術家が、今年1月10日アルゼンチン文学界に多大なる遺産を残し、80年の生涯に幕を閉じました。
リズム感の良い言葉使い、言葉遊びをしながら、童話や童謡を通して子供たちにいろいろなことを教えてくれたマリア・エレナ・ワルシュ。この訃報にアルゼンチン中が悲しみにくれ、またスペイン、他のラテンアメリカの国々でも親しまれていただけに、伝説的作家の悲報は大きく取り上げられました。

「マリア・エレナはラテンアメリカ全土の児童文学に革新をもたらした人。一般的であった幼少期の受け止め方、子供の見方を変え、決して子供扱いや過度に甘やかした態度は取らず、逆に聡明で敬意に満ちた接し方をしていた。」と彼女の全作品集を編集したマリア・フェルナンダ・マキエイラは語っています。先に紹介した「カメのマヌエリータ」は絵本、アニメ化もされており、彼女の代表作のひとつ。
ブエノス・アイレスのペウアホという町で生れたカメのマヌエリータ。ある日すれ違ったカメに恋をします。孔雀石の服が皺だらけで古びているので、美しくなりたいと都会の街に憧れ、ヨーロッパへと旅立っていきます。辛抱強くヨーロッパまで行けばきっと美しく生まれ変われるはず・・・。憧れのパリに辿り着いたマヌエリータは服をクリーニングし、糊のきいたパリッとピカピカの服をまとい、再び彼の待つペウアホへ帰って行くというほのぼのとしたお話。でも、海を渡るのに何年もかかってしまい、辿りついた時にはピカピカの服はまた皺だらけの古びた服になっちゃっていた、という結末に、彼女独特の子供に対する見解が感じ取れるような気がします。
17歳から活動を始め40冊以上の児童書や20枚以上のCDをリリースした偉大な作家の死は大きな損失ですが、これからもマリア・エレナ・ワルシュは子供たちが口ずさむ歌や絵本のなかで生き続けていくのでしょうね。
心からご冥福をお祈りします。

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3月スペイン語講座 座談会:
RONO先生と語ろう「マリア・エレナ・ワルシュの世界」



アルゼンチン出身のロノ先生が、マリア・エレナ・ワルシュの生涯、作品の数々を紹介します。子供から大人まで世代を超えて、アルゼンチン国民に愛された作家の人生とは? ロノ先生から見た彼女について興味深いお話が聞けますよ。また、童謡や児童文学はスペイン語初心者のよい教材にもなります。レベルに関係なく、皆さんが楽しめる座談会ですので、是非皆さん 参加して下さいね。

• とき: 3/26 (土) 18:30 ~
• 参加費: ¥500
• 要予約 | 申し込み、申し込みキャンセルは開講前日まで
• 4名以上のお申し込みで開講します。





2011/02/25

59歳とは思えないポップな感性 Kuki Benski の世界

3月、ティエンポ一押しのワークショップは
アート講座講師マカレナ先生による「Kuki Benskiに学ぶアートの世界」 。
遊び感覚で楽しみながら作品作りができるので、アートは未経験・・・という方にも
とってもおすすめ。(ワークショップ情報はこちら)

Kuki Benskiって誰?という方のために、マカレナ先生が
コンテンポラリーアーティストKuki Benskiの魅力を語ってくれました。

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Amo el arte y celebro la vida
por lo bello, lo bueno y lo verdadero.


Kuki Benski (クキ・ベンスキー) 59歳。年齢からは想像できないポップな感性で、ビジュアルアート、コンテンポラリーアート界で若手芸術家の注目を集め続けているアルゼンチンの芸術家。


26歳から国内外で個展、グループ展を開催し、これまで数々の賞を受賞。米国、フランス、英国、ドイツ、スイス、キューバ、ベネズエラ、チリなど数多くの国々の美術収集家のコレクションに彼女の作品が収められています。
偶像、女性、エロチシズム、遊戯、魔術をテーマに、優しさ、無邪気さ、官能的でエロティックな要素を混ぜ合わせる手法が彼女の作品の魅力。コラージュなど多種多様な画法で、アクリル、エナメル、ポマード、スパンコールなど使用する材料もバラエティに富んでいます。彼女の手にかかれば、仮面だって画材のひとつ。そして、それらの材料を組み合わせながら、コントラストを表現していく。その作業を遊び感覚で楽しんでいる様子が伝わってくるような作品の数々です。真珠のような光沢のある色使いに、東洋の影響もみられる点も興味深いところ。


これまで、多くのコミック画を世に生み出し、インスタレーション (場所や空間全体を作品として体験させる芸術)、ビデオなどのビジュアルアート、写真、絵画など作品のジャンルも多岐に渡っています。「私は芸術を愛す。そして人生を称える。美しさも、優れた面も、そしてありのままの姿も。」自ら制作したビデオのなかで、自分の人生哲学について語っている彼女は、私が最近最も気になる芸術家の一人。


そこで、3月は彼女の作品やその画法を紹介しながら、クキ・ベンスキーというアーティストに触れてもらおうと、「クキ・ベンスキーにアートを学ぶ」というワークショップを開催することにしました。アートは初体験という方にも是非参加して欲しい1ヵ月完結の体験レッスン。皆さん参加してみてくださいね。

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アート講座講師:
Macarena Olivera  ~ マカレナ・オリベラ

アルゼンチン、ブエノス・アイレス出身。
造形彫刻家
1988年~92年 プリリディアーノ・プエイレドン国立美術大学にて美術を学び、文部省の奨学生として来日し、熊本大学で美術を専攻。これまで目にし、感じてきたアジアという異文化を自分なりに解釈し、取り入れながら制作した作品には、どっしりとした重み、深みを感じさせる。これまで数々の個展を開催。ティエンポ館内内装は全て彼女とロドリゴ・エレーラがコーディネートを手掛ける。また当団体主催イベントの会場・舞台演出も担当。アート講座担当として、様々なワークショップを実施、講師としても高く評価される。現在は、バルセロナ、ベルリン、ブエノス・アイレスなどで作品制作、展示会開催、アートイベント開催するなど、幅広く活動している芸術家。(ウェブサイト)



2011/02/10

世界に広がる「タンゴセラピー」


知っていますか? 「世界に広がるタンゴセラピー」
パーキンソン病などの認知症治療に活用されるタンゴ


 Photo by © Charlene F.
< 写真と本文は関係ありません。>

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスとウルグアイの首都モンテビデオの間を流れ、大西洋に注ぐラプラタ河。130年ほど前、世界一の河口幅を誇るこの地帯には、新天地を求めやってきた移民者がひしめきあう、雑然とした港町(ボカ地区)でした。様々な人種が共存するこの港町で、貧しい移民達のフラストレーションのはけ口として男同士が酒場で荒々しく踊ったのがタンゴの始まりと言われています。今では、世界中で愛され、2009年にはユネスコ世界無形遺産にも指定された「タンゴ」。日本でも若い世代から年配まで多くのファンがいます。
  
そのタンゴという芸術が、ここ数年新たな分野で注目され始めました。
ワシントン大学医学部は、体のバランス障害で歩行や方向変換の不安定といった障害を引き起こすパーキンソン病の患者が、タンゴを習うことで体のバランスを改善することができたという研究結果を発表。また、英国では、タンゴの複雑なステップが認知症患者の記憶力向上につながったという報告が。。。 そうです、今、タンゴがアルツハイマー病、パーキンソン病、恐怖症、自閉症といった認知症治療に活用されているのです。
一方、南ヨーロッパ イタリアでは、医療の現場だけではなく、夫婦・カップルカウンセリングの現場でもタンゴの持つある特徴が利用されています。それは、「パートナーとの信頼関係とコミュニケーション」。どのジャンルでも、ペアダンスには信頼関係が必要です。ただ、タンゴの場合、男女がしっかりと抱き合う姿勢で、女性は後ろへ、後ろへとステップを踏みながら移動していきます。この後ろへの動きを女性がスムーズに行うには、相手を十分に信頼してリードを任せることが必要不可欠ですよね。信頼関係が十分でなく、おまけにコミュニケーションが図れていなければ、決してスムーズには踊れません。この「タンゴセラピー」、新たなセラピーの形として既に日本でも話題になってきています。
  
「タンゴは様々なスタイルで踊れるので、ペアを組む患者さんに1組、1組、それぞれに合ったスタイルを変えていくことができるのが利点なんです。」と語るのは、ウェールズに拠点を置くタンゴセラピー国際団体の代表マルティン・ソテラーノ氏。「カップルや夫婦へのセラピーではアブラソ(抱擁)とコミュニケーションに焦点をあて、アルツハイマー病の患者には8つの基本ステップに重点を置き、そしてパーキンソン病の治療には優雅にしっかりとした歩きを必要とするタンゴの歩行がとても有効なんですよ。」
世の中には様々なダンスがありますが、その中でもタンゴが治療に有効なのは、自分の体のバランスはもちろん、お互いの動きを感じながらゆったりと歩いていくようにも踊れ、年齢に関係なく楽しめるダンスだからでしょうね。(言うまでもなく、ショーで観るようなすばやく、切れのある足さばきを見せるものや、アクロバットをとり入れた動きのあるもの、タンゴにも様々な踊り方があります。)
アルゼンチンの首都ブエノスアイレス最大のボルダ精神病院の4階では、患者さん達が医師や看護師たちと楽しくタンゴを踊っている姿を目にできるそうです。「人と話をするのが苦手だった患者さん、ほとんど体のバランスを維持できなかった患者さんがタンゴセラピーを始めてからというもの、頬と頬とぴったりくっつけ、タンゴの音楽に身を任せ、抱きしめ合いながら踊れるようになってきています。」とタンゴセラピーの指導にあたる心理療法士トリニダ・コチャさんはその効果をコメントしています。彼女によると、タンゴセラピーは単なるセラピーや治療薬ではなく、踊るという行為を通して「自分自身」を感じ、楽しむことができる時間を持てるのが利点なのだそうです。「次のクラスは、皆ちゃんとシャワーを浴びて、お洒落して参加するように!」 と患者さんの心を明るくするコチャさん。
2009年夏、世界中から数多くのダンサーがブエノス・アイレスに集結したタンゴ世界大会。ショーのほとんどは格調ある劇場で行われましたが、大会主催者はボルダ精神病院内にある質素なホールで入院患者さんのために特別ショーを企画しました。患者さんに見守られダンスを披露したフリオ・ドゥップラ (70歳)とナターシャ・パベラフ (50歳)のベテランペアダンサー。ダンスの最中、ステージから滑り落ちるというハプニングが起きたそうですが、会場からは拍手喝采が起こったそうです。病薬物依存で体が麻痺し入院、タンゴセラピーを受けている37歳男性はショーの後、「タンゴのおかけで体の動きを少しずつ取り戻してきている。タンゴは音楽も大好き。それに... アブラソで人の温かみを肌で感じながら踊るのは最高だね。笑」 
医者、看護師、患者という立場を忘れ、リラックスしてただ純粋に踊りを楽しむ。治療にはもちろん医学の力が必要不可欠です。しかしまた一方で、それぞれが抱える病との闘いをひと時でも忘れさせ、患者さんたちを心から笑顔にしてくれるタンゴも素晴らしい治療薬になっていると思います。                                      
   (一部、ロイター通信 -ブエノス・アイレス- 記事より抜粋 2009年)

2011/01/20

El Rincon de los alumnos Vol.5 - スペイン語受講生Kazuko さん


500名を超えるティエンポの受講生… 習い事を始めるきっかけ、目標・夢は十人十色。
「リンコン・デ・ロス・アルムノス」は、受講生にレッスンへの思いを語ってもらうコーナー。
今回はタンゴからスペイン語へ。ティエンポでの受講歴10年以上のKazukoさんにお話を聞きました。



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スペイン語の勉強を始めたのはアルゼンチン旅行を計画していた2005年11月でした。
タンゴの曲やラテン音楽は好きでよく聞いていましたが、外国語とは縁のない生活で、ゼロからスタートしました。一週間の休暇から戻ると、「これからも続けますか。。。?」と事務局の方が心配して下さったのを覚えています。
クラスではテキスト以外にも、インターネット等を利用したりして多様な題材を取り上げます。スペイン語の背景にある歴史や文化を知ることができ、ますます楽しくなりました。このすばらしい先生方の指導への情熱と、計り知れない忍耐力には、いくら感謝しても尽きない思いで一杯です。

サラマンカのローマ橋 -Kazuko さん撮影-
テキストが一冊終わったらスペインへ行こう!が最初の目標でした。2007年2月、マドリッドからバスでサラマンカへ。心細い一人旅でしたが、スペインの人々は私のつたない言葉を一生懸命理解しようとしてくれて、以前から見たかったサラマンカの大学旧図書館と、ローマ水道橋へ行くことができました。
提携校のColegio Ibericoを訪ねたところ、幸運にもMaría先生とお会いでき、以前来日された時の事など懐かしそうでした。「せっかくだから勉強していってね」との御好意で、クラスにとび入りです。全く違和感がなかったのは、テキストが同じPRISMAだった事。日頃の授業でも日本語を使っていなかったからだと思います。日本でもスペインと同じ勉強ができると実感しました。
2010年のノーベル文学賞受賞者は、ペルーのMario Vargas Llosaでした。テキストに抜粋が載っていたので、身近に感じます。将来、スペイン語文化圏の珠玉の作品が読めるようになったらどんなに素晴らしいでしょう。夢は実現するためにあると信じ、新しい年の初め、気持ちも新たに勉強を続けたいと思っています。



2011/01/11

偉大なアーティストたちを1作品で楽しめるおすすめフラメンコ映画

2009年のタンゴに続き、2010年国連教育科学文化機関(ユネスコ)はフラメンコを無形文化遺産に新たに登録すると発表しました。

無形文化遺産は、長い時間をかけて世代から世代へと受け継がれてきた「生きた遺産」であり、有形の文化遺産と同じく人類にとって重要な文化遺産。5年前に一度却下された経緯があっただけに今回の認定は、スペインをはじめ、パラグアイ、メキシコ、日本、 ブラジル、韓国、ポルトガル、インドネシアなど、世界中のフラメンコアーティスト、関係者ファンにとって大きな喜びとなりました。

そこで、今日はフラメンコギタリストとして来日中のGustavo Torres (グスタボ・トーレス)からおすすめフラメンコCDと映画をご紹介。


フラメンコの偉大なアーティストたちを1作品で楽しめる映画
“Flamenco”- 監督Carlos Saura

フラメンコ界に多大な影響を与え続けている鬼才ギタリスト
“Cositas Buenas”- Paco de Lucía


まだまだ若い芸術ともいえるフラメンコ。その歴史は日々紡がれ続けています。伝達手段が発達していなかった時代、フラメンコはアーティストや愛好家たちによって口頭で伝承されてきました。フラメンコは過去も現在もそして、これからもフラメンコを愛する人たちの人生そのものであり続けるでしょう。
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』をモチーフとした映画(音楽パコ・デ・ルシア、フラメンコ振付けはクリスティーナ・オイヨスが担当)「Montoyas y Tarantos ~ アンダルシアの恋物語」やフラメンコの天才歌手カマロンの伝記映画 「Camarón」 はストーリー性のある作品なので、初めてフラメンコに親しむ人にはおすすめです。ただ、フラメンコという芸術に触れるにはカルロス・サウラ監督の「Flamenco」という映画を是非観て頂きたい。世代を超えたフラメンコ界の巨匠と言われる偉大なアーティスト達(歌手、ギタリストそして踊り手)を1作品のなかで観ることができ、伝統的なものからモダンなものまで様々なスタイルのフラメンコを見ることができる映画です。パコ・デ・ルシアやラ・パケーラ・デ・ヘレス, ファルーコとファルキートの共演、チョコラテ、ホアキン・コルテス、マヌエラ・カラスコ、トマティートなど、フラメンコを知るには欠かせないアーティスト達が勢ぞろい。作品を通して観てみると、それぞれスタイルは違えど、出演しているアーティスト全てが共通する何かを持っている事に気づかされます。それは「フラメンコの本質が自分自身の根っことして深く刻まれているということ。」 これが、フラメンコという芸術を支える柱になっているのでしょうね。

フラメンコの音楽を楽しみたいという方には、パコ・デ・ルシアのCDがおすすめ。天才的と言われるギター・テクニックを持つパコ・デ・ルシア。フラメンコ革命に大きな影響を与えた人ですが、過去から現在まで彼の作品を聴いていくと、フラメンコがどのように進化していったかだけでなく、彼自身の革命の道程も知ることができます。多くのアルバムを録音していますが、なかでも「Cositas Buenas」はパコ、カマロンとトマティートによる未発表のブレリアも1曲収録されていて聴き応えありますよ。



フラメンコギター講師:
Gustavo Torres ~ グスタボ・トーレス

アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイのラジオ、テレビ、劇場、文化センターなどでの様々なイベントへ出演。フラメンコ講師、振付師が行う、クラス、ワークショップなどに伴奏者として参加。現在はソロとして活躍し、ギターの個人レッスンなども行う。